Sunday, December 15, 2013

発音における息の調整・管理 (VOT 関係図)

   
  • 息は気管から「声道」 (vocal tract) を経て放出される。「声道」には口腔 (oral cavity) と鼻腔 (nasal cavity) の二つの通路があり、気管最上部の声帯の開閉による「声門」 (glottis) がその入り口である。発音における息の調整・管理は「声道」の入り口 (声門) とその二つの通路 (口腔と鼻腔、特に口腔) に対して行われる。調整・管理の強弱は五段階に分けられ (図一) 、時間軸に沿って同時に「声門」「口腔」「鼻腔」に展開するこのような調整・管理の全体的な組み合わせの異同が、発音のいわゆる「調音法」 (manner of articulation) の異同である (図二)
  • 図二のような図形は「VOT関係図」と呼ぶことができる (VOT Voice Onset Time 音声開始時点)。例えば台湾語の「声母」で、いわゆる Streamlined Church Romanization (SCR) により /p-, b-, bv-/ と表記されるものについての「調音法的差異」は「VOT関係図」で示すと図二の [pha] [pa] [ba] の図形の差異に相当する。

(図一)


完全封鎖        SSSSSSSS

不完全封鎖    FFFFFFFF

無阻害封鎖    LLLLLLL

不完全開放    GGGGGG

    完全開放                          
 
 
(図二)
 
 
無開口呼吸

time ààà

鼻腔                  

口腔 SSSSSSSS

声門                   


        (一回の)咳

time ààà

        鼻腔 SSSSSSSS

口腔                   

        声門 SSS           


                        [a]

                time ààà

鼻腔 SSSSSSSS

口腔                   

声門 FFFFFFFF

 
                        [ã]

                time ààà

鼻腔                   

口腔                   

声門 FFFFFFFF

 
                [m]

        time ààà

鼻腔                   

口腔 SSSSSSSS

声門 FFFFFFFF

 
                [mã]
 
        time ààà

鼻腔                  

口腔 SSS          

声門 FFFFFFFF

 
                [pha]

        time ààà

鼻腔 SSSSSSS

口腔 SSS         

声門           FFF


                [pa]

        time ààà

鼻腔 SSSSSSSS

口腔 SSS          

声門        FFFFF


                [ba]

        time ààà

鼻腔 SSSSSSSS

口腔 SSS           

声門      FFFFFF


                [sa]

        time ààà

鼻腔 SSSSSSSS

口腔 FFFF         
 
声門          FFFF


                [za]

        time ààà

鼻腔 SSSSSSS

口腔 FFFF       
 
声門 FFFFFFF


                //

        time ààà

鼻腔 SSSSSSS

口腔 GGG       

声門 FFFFFFF

 
                //
 
        time ààà

鼻腔 SSSSSSS

口腔 LLL        

声門 FFFFFFF

Wednesday, February 06, 2013

日中英三語の最大音韻異同


最大共通点:
 
何といっても、(全ての「自然言語」と同じく)基本的に母音を中心としたシラブルという要素による連鎖(「分節層」)と、それに被さるようにシラブルと平行的に存在する連鎖(「超分節層」)との二つの層を音韻的に持っていることである。(「分節層」のシラブルを構成する母音や子音は「音質」だけの問題だが、音声には「高低強弱」もあり、それらが全ての「自然言語」で「超分節層」の問題となる。全ての歌に歌詞とメロディーの二つの層が備わっているのと同じこと)

最大相違点:
  • 「分節的」には「分節音素」の総数や内容など及び「シラブル構造」などの違いが当然有るが、全体的に最大の相違点は「分節層」と「超分節層」との関係の違いにある。すなわち、「超分節層」の中に潜む「リズム要素」の、シラブルとの繋がりが、たまたま n ≥ m(日)、n = m(中)、n ≤ m(英)、というふうに異なるのである。このうちn は与えられた語句中の「リズム要素」数(俗に言う「拍数」)、m は対応するシラブル数。
  • つまり語句の拍数は、日本語ではシラブル数より多くはなるが少なくはならず、中国語では多くも少なくもならず、英語では少なくはなるが多くはならない、と言うことである。これは全く「リズム要素」と直接対応するものが、日本語ではシラブルの傘下にある「モーラ」だが、中国語ではそれがシラブルそのものであり、英語ではシラブルのうちの、「弱」のシラブルと対立する「強」のシラブルだけ、ということによる。
  • 言い換えれば、語句の拍数(=長さ)を決めるのは日本語では「モーラ」、中国語ではシラブル、そして英語では「強」のシラブルである。故にそれぞれ音韻的にmora-timed (日)、syllable-timed (中)、stress-timed (英)の特徴を持つと言えるのである。


Wednesday, December 19, 2012

言語記述の妥当性

  • 学問とは知識の整理である。整理はもちろん「妥当性」がなければ整理とは言えない。
  • 整理の妥当性は、言語に関する限りでは、目標として三段階の妥当性がある、と Noam Chomsky は指摘した。観察的妥当性 (observational adequacy) 、記述的妥当性 (descriptive adequacy) 、説明的妥当性 (explanatory adequacy) の三段階である。
  • 整理(記述)が言語のデータを正しく伝えることができさえすれば、それで観察的妥当性の要求は満たされる。つまり観察的妥当性は正確性の有無(およびその判断の可否)の如き低次元の問題以外に妥当性の優劣を論じる余地はない。より高次元の優劣は次の記述的妥当性の段階と、更にその上の説明的妥当性の段階で、始めて論じることが可能となる。
  • 記述的妥当性とは整理(記述)が母語話者の直覚 (intuition) を手際よく反映したものである場合にのみ達成され、説明的妥当性とは、そのような整理(記述)が同時に他言語との比較において意味を持ちうる(説明力がある)場合にのみ達成される。
  • ということは、整理(記述)の記述的妥当性についての優劣は、その整理(記述)の対象言語における母語話者語感に対する反映度で評価され、説明的妥当性についての優劣は、その整理(記述)の異言語を跨ぐ普遍性に対する反映度で評価される、ということになる。

Wednesday, November 21, 2012

モーラとアクセント


  • 語句というものは、言語を問わず音声的に全て(一個またはそれ以上の)シラブルの連鎖である。ところが日本語では、シラブルの傘下に在るモーラがシラブルを超えて語句の長短を決めるので、語句はシラブルの連鎖である以上にモーラの連鎖である。

  • 音と音の違いには、音質強弱の違いのほかに、高さの違いがある。漢語系諸言語では、高さの違いは、いわゆる声調として非常に重要であるが、日本語でも、この違いは、いわゆるアクセントとして重要である。但し日本語のアクセントとは、モーラ連鎖によって形成される高低のパターンであって、漢語系諸言語の声調のような、シラブル固有のメロディーのパターンではない。

  • 具体的にはモーラが「より高い」もの(High より H と記号化)と「より低い」もの (Low より L と記号化) とに分かれるため、モーラ連鎖は、結果的に H と L の連鎖(HL連鎖)として明示できるパターンを形成する。そのようなパターンが日本語のアクセント(アクセント単位アクセント型)である。

  • 例えば北海道(ホッカイドー CVQCV-GCVR)というモーラ連鎖が作る一個のアクセント単位アクセント型は LH.HL.LL である。(肉太はアクセント核、ドットはシラブル境界)

Q

関東地方の一都六県全部につき、(接尾語「県」などを付けない時の)それぞれの名称のアクセント型を、上記の要領で(普通表記、片仮名表記、およびシラブル構造を含めて)表示しなさい。(複数の可能なアクセント型があれば任意に一種を選ぶこと)

A

東京 トーキョー (CVRCGVR) LH.HH

神奈川 カナガワ (CVCVCVGV) L.H.H.H

千葉 チバ (CVCV) H.L

埼玉 サイタマ (CV-GCVCV) HL.L.L

茨城 イバラキ (VCVCVCV) L.H.L.L

栃木 トチギ (CVCVCV) H.L.L

群馬 グンマ (CVNCV) HL.L

Thursday, April 28, 2011

音便(続の続)

  • 日本語子音動詞の音便は、語幹が /n,m,b/ に終わる場合が「撥音便」、/g,k/ に終わる場合が「イ音便」、そして /f,t,r/ (つまり音便境界を持ち得るその他の子音)に終わる場合が「促音便」という一般化では、実は動詞「行く」の正しい音便形(「いった」「いって」)を派生できない。なぜなら「行く」は普通の /k/ に終わる動詞と異なり、「イ音便」ではなく「促音便」だからである。
  • それ故「イ音便」の規則に次のような例外を先行させる修正が必要である(#は形態素一般境界、@は音便境界)。
「イ音便」

/k/@/i/ ---> /Q/ / #/i/ ____

/g, k/@/i/ ---> /-G/
  • いわゆる「促音便」は、一般規則  /f,t,r/@/i/ ---> /Q/  によるもののほかに「イ音便」の例外としてのものも有るわけである。注意すべきことは、例外的「促音便」の /k/@/i/ ---> /Q/  の変化にも /k/ と /Q/ の共通性(共に [ー有声])が働いていることである。つまりここでも音便の「出力」は「入力」との共通性を維持している。(「イ音便」に従ってもこのような「同質維持」の要求は満たされる。 /k/ と /-G/ は共に [+high] だから。しかしそれが敬遠されて /k/ と /Q/ の共通性を強調する「促音便」が選ばれたのは「同質維持」と同時に目立ちすぎる /k/ と /-G/の連続を避ける「同質不連続」をも同時に確保できるからであろう。なお「行く」を「ゆく」と発音しても「促音便」になるから、上記の条件 #/i/ ___  は #/i,yu/___  とするべきかも)

Thursday, June 03, 2010

境界について

  • 形態素の音素交替は(音素の異音選択と同じく)「環境」(environment) を無視して語ることはできない。「環境」とは多くの場合「与えられた要素と(線条的に)隣接する別の要素」と考えてよいが、形態素の音素交替の場合それだけでは不十分であることが多い。形態素の連鎖は単純な線条連鎖ではないからである。つまり線条連鎖の背後にそれ以上の関係(たとえば枝分かれの関係など)を秘めているのが実態である。
  • 問題は、表面的に線条連鎖の形しか取れない形態素の連鎖の中に、そのような背後関係の違いをどうやって取り込むかである。背後関係の違いを線条連鎖上の境界の違いとして記述するのが「環境」乃至「要素」としての境界記号 $ # @ などの使用であるが、このような境界記号は、更なる検討によって妥当性が検証されるまではあくまで単に「方便的」なものと考えるべきであろう。すなわち日本語形態素の音素交替についてのより十分な記述には、アクセントを巡る音素交替の問題のみならず、境界記号の妥当性の検討も共に今後の課題であることを忘れてはならない。
  • 特に、「文法」(grammar) が主観的な規範ではなく客観的な記述を目標とする科学の一部門として、観察的妥当性 (observational adequacy) のみならず記述的妥当性 (descriptive adequacy) をも超える説明的妥当性 (explanatory adequacy) の少しでも見えてくる結果を目指すためにも。

Tuesday, May 25, 2010

HL の交替

  • 日本語の音素には「五十音」を構成する「分節」音素のほかに各モーラから切り離せない H または L と表示できる「超分節」音素がある。この H と L の分布によっていわゆるアクセントのパターンが作られるのであるが、その交替ももちろん異形態的差異の原因となる音素交替である。
  • たとえば「火山」「灰」「火山灰」と漢字で表記される三つの語は仮名で表記するとそれぞれ「カザン」「ハイ」「カザンバイ」となる。「灰」における「ハ」と「バ」の交替以外に音素交替はないように見えるが、実はもっと多様な交替が起きている。明示すると次のようになる。

    (カザン HLL)(ハイ LH)→ (カザンバイ LHLLL)

  • つまり「カザン HLL」が「カザン LHL」に、「ハイ LH」は「バイ LL」に変換されてしまい、それで「火山」と「灰」には「カザン HLL」「カザン LHL」および「ハイ LH」「バイ LL」がそれぞれ異形態として存在する(「火山」を単一の形態素とせば)と言えるのである。