Thursday, April 28, 2011

音便(続の続)



  • 日本語子音動詞の音便は、語幹が /n,m,b/ に終わる場合が「撥音便」、/g,k/ に終わる場合が「イ音便」、そして /f,t,r/ (つまり音便境界を持ち得るその他の子音)に終わる場合が「促音便」という一般化では、実は動詞「行く」の正しい音便形(「いった」「いって」)を派生できない。なぜなら「行く」は普通の /k/ に終わる動詞と異なり、「イ音便」ではなく「促音便」だからである。


  • それ故「イ音便」の規則に次のような例外を先行させる修正が必要である。


「イ音便」




/k/@/i/ ---> /Q/ / #/i/ ____




/g, k/@/i/ ---> /-G/






  • いわゆる「促音便」は、一般規則 (/f,t,r/@/i/ ---> /Q/) によるもののほかに「イ音便」の例外としてのものも有るわけである。注意すべきことは、例外的「促音便」の /k/@/i/ ---> /Q/ の変化にも /k/ と /Q/ の共通性(共に [ー有声])が働いていることである。つまりここでも音便の「出力」は「入力」との共通性を維持している。(「イ音便」に従っても「同質維持」の要求は満たされる。 /k/ と /-G/ は共に [+high] だから。しかしそれが敬遠されて「促音便」が選ばれたのは「同質維持」と同時に「同質不連続」をも確保できるからであろう。)

Thursday, June 03, 2010

境界について


  • 形態素の音素交替は(音素の異音選択と同じく)「環境」(environment) を無視して語ることはできない。「環境」とは多くの場合「与えられた要素と(線条的に)隣接する別の要素」と考えてよいが、形態素の音素交替の場合それだけでは不十分であることが多い。形態素の連鎖は単純な線条連鎖ではないからである。つまり線条連鎖の背後にそれ以上の関係(たとえば枝分かれの関係など)を秘めているのが実態である。




  • 問題は、表面的に線条連鎖の形しか取れない形態素の連鎖の中に、そのような背後関係の違いをどうやって取り込むかである。そこで背後関係の違いを線条連鎖上の境界の違いとして記述してみた。それが「環境」乃至「要素」としての境界記号 $ # @ などであるが、このような境界記号は、更なる検討によって妥当性が検証されるまではあくまで単に「方便的」なものと考えるべきであろう。すなわち日本語形態素の音素交替についてのより十分な記述には、アクセントを巡る音素交替の問題のみならず、境界記号の妥当性の検討も共に今後の課題であることを忘れてはならない。




  • 特に、「文法」(grammar) が主観的な規範ではなく客観的な記述を目標とする科学の一部門であるならば、観察的妥当性 (observational adequacy) のみならず記述的妥当性 (descriptive adequacy) をも超える説明的妥当性 (explanatory adequacy) の少しでも見えてくる結果を目指すべきであることは言うまでもない。(だからそのためにも「文法」の記述は「明示的」 generative -- 通称「生成的」--でなければならないのである)

Tuesday, May 25, 2010

HL の交替


  • 日本語の音素には「五十音」を構成する「分節」音素のほかに各モーラから切り離せない H または L と表示できる「超分節」音素がある。この H と L の分布によっていわゆるアクセントのパターンが作られるのであるが、その交替ももちろん異形態的差異の原因となる音素交替である。

  • たとえば「火山」「灰」「火山灰」と漢字で表記される三つの語は仮名で表記するとそれぞれ「カザン」「ハイ」「カザンバイ」となる。「灰」における「ハ」と「バ」の交替以外に音素交替はないように見えるが、実はもっと多様な交替が起きている。明示すると次にようになる。

    (カザン HLL)(ハイ LH)→ (カザンバイ LHLLL)

  • つまり「カザン HLL」が「カザン LHL」に、「ハイ LH」は「バイ LL」に変換されてしまい、それで「火山」と「灰」には「カザン HLL」「カザン LHL」および「ハイ LH」「バイ LL」がそれぞれ異形態として存在する(「火山」を単一の形態素とせば)と言えるのである。

Thursday, May 20, 2010

音便(続)


  • 「音便」とは、要するに、「形態素」の膠着においてモーラ数を維持しながらシラブル境界を消してシラブル数を一個減らす(2 シラブル 2 モーラを1 シラブル2 モーラに変換する)一体化の現象にほかならない。子音動詞「音便」での一体化は明示的記述の一種によって次のように段階的に述べられる。

1) (助詞の) /t/ 有声化


/-ite, -ita/ /-ide, -ida/ /n, m, b, g/ @ ____


2)  (語幹と助詞の)一体化


a) /n, m, b/ @ /i/ /N/


b) /g, k/ @ /i/ /-G/


c) [-主体]@ /i/ /Q/



  • 子音動詞語幹の末尾に来る子音音素は事実上 /n m b g k f t r s/ の九つであるが、これらの末尾子音につき、それぞれを代表する動詞語幹と助詞 /-ita/(「過去」)との結合による音便形の派生段階を上記の規則に照らして示すと次のとおりとなる。

死ぬ・死んだ


sin@-ita 基底形


sin@-ida (段階 1 の出力)


siNda 表層形(段階 2a の出力)


飲む・飲んだ


nom@-ita 基底形


nom@-ida(段階 1 の出力)


noNda 表層形(段階 2a の出力)


転ぶ・転んだ


korob@-ita 基底形


korob@-ida(段階 1 の出力)


koroNda 表層形(段階 2a の出力)


泳ぐ・泳いだ


oyog@-ita 基底形


oyog@-ida (段階 1 の出力)


oyo-Gda 表層形(段階 2b の出力)


書く・書いた


kak@-ita 基底形


ka-Gta 表層形(段階 2b の出力)


笑ふ・笑った


waraf@-ita 基底形


waraQta 表層形(段階 2c の出力)


勝つ・勝った


kat@-ita 基底形


kaQta 表層形(段階 2c の出力)


太る・太った


futor@-ita 基底形


futoQta 表層形(段階 2c の出力)


話す・話した(音便なし)


hanas#-ita 基底形


hanasita 表層形 (境界消去のみ)



  • ところで 『笑ふ』『買ふ』などを『笑う』『買う』などとすると語幹 /waraf/ /kaf/ は /waraw/ /kaw/ となるが、/w/ は半母音だから、子音を拡大解釈すれば子音の仲間でもある。つまり『笑う』『買う』などは現代仮名遣いのままでも子音動詞の仲間入りは実は無理なくできる。(『笑ふ』『買ふ』と考えた方が分かり易いだけの話)

Thursday, May 13, 2010

音便


  • 日本語動詞の音素交替には「音便」と言う「子音動詞」(五段活用動詞)のいわゆる「連用形」だけに適用する規則的な交替現象がある。同じく「連用形」とされながら、たとえば『書きます』の『書』が(特に口語で)『書いて』『書いた』と『書』に変換されることなどを指す。この外に『飲みます』に対する『飲で』『飲だ』や『やります』に対する『やて』『やた』などがあり、それぞれ「イ音便」「撥音便」「促音便」と呼ばれている。

  • この現象は動詞語幹と「助詞」/-ite/(「継続」を表す)または /-ita/(「過去」を表す)との接続に起きるもので、二段階に分けて概括することができる。第一段階は「助詞における音素 /t/ の有声化」(つまり /-ite/ /-ita/ がそれぞれ /-ide/ /-ida/ となる)で、第二段階が本番とも言える「動詞語幹と助詞の一体化」(つまり境界の消去)である。より「明示的」に述べると

1) (助詞の) /t/ 有声化


/-ite, -ita/


/-ide, -ida/ /n, m, b, g/ @ ____


(@ は「音便境界」)


2)  (語幹と助詞の)一体化


a) /n, m, b/ @ /i/ /N/ 「撥音便」


b) /g, k/ @ /i/ /-G/  「イ音便」


c) [-主体]@ /i/ /Q/ 「促音便」



  • 第一段階の有声化に起動条件として列挙した /n, m, b, g/ はまさに日本語の「有声閉鎖音」(広義)音素の全部である(動詞末尾に絶対来ない /d/ を除けば)。つまり示された条件である /n,m,b,g/ は [-継続,+有声] と言い換えてもよかったもので、 /t/ の有声化はまさに「同化」の現象であることが分かる。

  • 第二段階の一体化そのものも優先順序を異にする三段階に分かれ、最初の「撥音便」は語幹末尾子音が [+前方,-継続,+有声] (前方有声閉鎖音)の場合、次の「イ音便」はそれが [+高舌, -継続] の場合、そして最終の「促音便」はそれが「その他」の子音の場合にそれぞれ起動する。そしてシラブル境界が消去されてモーラ数だけが保存される出力 (output) はそれぞれ起動条件の痕跡を残す ([+有声] の)/N/ と([+高舌] の)/-G/ 、最後は起動条件が「その他」であることの結果として(最も中立的な無声の)/Q/ となっている。

  • なお子音動詞と言っても事実上語幹末尾に来ることのある子音は /n, m, b. g, k, f, t, r, s/ だけで、このうち /s/ に終わる動詞には音便はない。ということは /s/ に終わる動詞語幹だけは一体化可能の「音便境界」@ の代わりに「普通境界」# などが末尾に付いていると考えざるを得ない。

Tuesday, May 04, 2010

動詞「活用」と「変形明示式」記述


  • 動詞の「五段活用」(文語では「四段」)は語幹形態素が五個の異形態に分かれる「活用」で(話さない、話した、話す話せば、話そう)、「下一段」や「上一段」(文語では「二段」)は語幹形態素が複数の異形態に分かれない「活用」である(食べない、食べた、食べる、食べれば、食べよう)とされている。このような記述は、各異形態とその選択条件の列挙による、言わば「要素羅列式」の記述である。もちろんこのような記述でも、記述が事実に反していなければ、「観察的妥当性」(observational adequacy) の要求を満たすことはできる。しかしそれ以上は望めない。

  • 「要素羅列式」と対照的なのが、一定の「音形規則」による「変形明示式」と言うべき(20 世紀後半に広まった)記述法である。この方法では、たとえば「五段活用」の動詞語幹は五個の異形態には分かれず、一個の基本形(基底形)があるのみで、その基底形と接続要素それぞれの基底形との(「音形規則」による)連動によっていろいろ違う形が「派生」(derive)されることになる。具体的に関わるのは、次の「音形規則」(「シラブル主体性同値不連続規則」と呼ぶことにする)である。

[α主体性]  0 [α主体性] __


(同一シラブル内で、主体性の同じくプラスまたはマイナスとなる分節音が連続する場合、二個目の分節音は削除されなければならない)



  • つまり、たとえば『話す』『話さない』と『食べる』『食べない』はそれぞれ語幹基底形 /hanas/ /tabe/ が -/anai/(否定基底形)-/ru/ (終止基底形)との接続(膠着)において上記の「音形規則」により次のように「派生」される、と言う記述法(分析法)である。

話す /hanas-ru/ /hanasu/ (/r/ を削除して膠着)


話さない /hanas-anai/ /hanasanai/ (直接膠着)


食べる /tabe-ru/ /taberu/ (直接膠着)


食べない /tabe-anai/ /tabenai/ (/a/ を削除して膠着)



  • このような記述によると、いわゆる「五段活用」の動詞語幹基底形はすべて子音に終わり(話す /hanas/ 歩く /aruk/ 立つ /tat/ など)、一方「下一段」や「上一段」の動詞語幹基底形はすべて母音に終わる(食べる /tabe/ 教える /osie/ 起きる /oki/ など)。それでこの種の記述の討論に「子音動詞」「母音動詞」が名称としてよく「五段活用」「一段活用」の代わりに使われる。(但し「笑う」などは「笑ふ」として)

Thursday, April 29, 2010

連濁の阻止


  • 複合語形成において後部要素の先頭無声阻害音 (initial voiceless obstruent) が有声化するいわゆる「連濁」の過程は、現代日本語には現象として存在するが、全体的法則としては存在しない。しかしある「環境」において逆に後部要素の先頭阻害音を無声にとどめる(つまり有声化を阻止する)いわゆる「ライマンの法則」は全体的と言えるぐらいに強力な法則として存在してはいる。それは明示すると次のような法則だといえる。

$ # ___(m…)[+阻害, +有声]



  • これは「形態素内に有声阻害音(つまり濁音)がある場合、形態素直前の境界 $ は # に変えなければならない」という意味(境界 $ は形態素間の「連濁可能最緊密境界」、# は「普通境界」、括弧で囲った m… は境界と濁音との間にモーラが一個またはそれ以上介在してもしなくてもよいこと)、つまり「後部要素がすでに濁音を含んでいる複合語では連濁は起こらない」という意味である。もちろん「ライマンの法則」だけが連濁を阻止しているわけではない。次のような制約も働いているとしなければならない。

$ # ___[ <-連濁>]



  • 「辞書 (lexicon) に <連濁なし> とマークされた先頭阻害音直前の境界 $ は # とせよ」という意味。これと「ライマンの法則」が連動し、それに特定の複合語(たとえば『片仮名』<カタカナ>など)でその中の境界が始めから # であるために連濁が起きないことも加わって、現代日本語の(個人差・地域差を含む)複雑な連濁阻止(つまり連濁の例外)の現状が作られていると言える(個人差・地域差は <-連濁> マークや境界 $# の分布不一致による)。

  • 強調しておきたいことは、「連濁」も「ライマンの法則」も複合語形成だけに働くので必ず形態素境界が関わること、したがって形態素境界を持たない形態素内における「異音選択」以後のこと、という点である。その「異音選択」だが昔は次のような(全体的)法則によって選択されていたと思われる。

[+阻害] [+有声] [+母音]___


その他は [+阻害] [-有声]



  • この法則(制約)が存在したから昔は仮名に濁点を付ける必要がなかった。しかし今ではこの制約は崩壊し、阻害音の [+有声][-有声] の選択は各形態素内で(違う形態素との区別のためだけに)この「異音選択」の制約に縛られず自由に行えるようになった。但し [+阻害][+有声][+母音] ___の制約そのものは完全に消失してはおらず、今日の複合語形成においていわゆる「連濁」として(次のような条件を満たす場合に限り)その痕跡をとどめている、というわけである。($ は形態素境界の一種ゆえ直前に来る要素は和語の一部であれば必ず母音、よって $__ は実質的には[+母音] __ と異ならないことに注意)。

[+阻害][+有声]$ ___